上州新聞過疎地版

戦後4人の首相輩出?群馬県、こんな過疎地に誰がした!

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傷だらけの車!

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過疎化高齢化社会群馬県。
公共交通機関不備、自動車偏重社会。
自動車運転免許保有率全国第1位。
自家用車所有は、略1人1台。
交通死亡事故件数は、全国第3位。
その交通死亡事故の3件に1件は、65歳以上の高齢者ドライバーが、関わっているそうな。
分かる気がする。
筆者本業の、食品小売りは振るわず。
「昨今の円安誘導で増えるはガソリン代の出費と、今年76歳になる父親の操る乗用車のバンパーなどの擦り傷ばかりである」

昨晩酒場で、昔馴染み達にこぼせば、
「うちの親父の車もそこいらじゅう傷だらけだ。物にこすっているうちは良いけど、人でもひっかけちまったら眼もあてられねぇよな!」
そう、返された。
筆者も全く同感である。

どうやらこの群馬県、早急に真剣に自治体が高齢者ドライバー事故防止策に打って出ない限り、街の往還のそこかしこが、そのまま日々”事故地獄”となり果てて行きそうな気配である。

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しかしながら、この沼田市街国道120号を行き来するバスの時刻表が、この有様である。
自治体が、助成金を当該のバス会社に支払っていてこのダイヤである。
高齢者が、自家用車を手放せない理由が、ここに見え隠れする。
仮に、一本乗り遅れてしまえば時間帯によっては映画の一本でも鑑賞できそうな位の運行本数である。
但し、この沼田市本町通り商店街、映画館も無ければカフェも無い。
市街地活性化とのたまい、一部の居住者の自宅兼店舗の改装費用を自治体が捻出し街を形骸化させて行くのみの下らない道路拡張に我らが血税を投じる前に、運転免許無き高齢者や未来あるバス通学する学生への利便へのインフラの方が、明らかに有益な公共事業であろうと、筆者強く思うのである。

過日、某沼田市内自動車教習所に長年勤務する昔馴染みと連絡を取り合う機会を得た。
やり取りを終え、ふと筆者の胸にアイディアが湧き上がった。
高校生が卒業を前に、教習所に馳せ参じるこの3月を除けば、近年自動車教習所の経営は年々大変の様子。
で、あるなら当然存在するであろう自動車教習所の大型2種免許(バス運行用等)所有教官に、バス会社とは別に、高齢者買い物難民や運転免許返納者向けのコミュニュティバスの運行を自治体が業務委託してそのサービスを提供するという物だ。
昨今の自動車教習所は、一昔ふた昔前とは比べ物にならぬ程の徹底したサービス業と化している故、様々を安心して委託できると思う。

又、それに当込む予算であるが、現在年間72日しか働かぬものの年523万円も支払われている沼田市議会議員報酬を、隣接の昭和村役場などと照らし合わせ300万円程度に削減して捻出する。
もしくは、現在21議席もある市議会議員定数を、10人削減して今後の過疎化対策に充てるなども、一考の余地ありと思う。

長々と、書いてしまったが、そろそろこの沼田市の張りぼて行政に対しては、新たな住民運動なり署名活動なりを発起して、行政監視を強化すべき時期が来ているように思う。

天下り役人や、提灯市議会議員、一部の土建業者達のみに旨味がある行政サービスであるなら、我々納税者はそれらに、帳を下ろさせるべきである。

そうしない限り、急加速に高齢化を迎えるこの過疎地の未来など、占いようがないのである。


嗚呼、しかし毎日毎晩、横須賀から赤城山の山麓まで編隊を組んで訓練に飛来する米軍機の轟音、どうにかならない物か!

知事が、大澤君じゃ話にもならないであろう。

腹の虫が、収まらないのは筆者だけなのであろうか?

落ちるならせめて中曽根記念館へ、お願いしますね!

あめりかさん。




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  1. 2013/02/25(月) 17:58:24|
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風花の別れ

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本日2013年2月19日火曜を以て、スズラン沼田店はその商いの歴史に自ら幕引きをした。
創業昭和36年(1961年)11月と言う事であるから、約50年と6か月この沼田市と共に歩んでこられた訳である。

東京五輪前夜から、衰退過疎廃屋街道となってしまったこの沼田市の合わせ鏡が、又一つ町を去る。

栄枯盛衰は、世の習い。

「誰々さんに、頼まれたから〇〇さんに入れて(投票)来た」
「悪いけど、〇〇に入れて(投票)来てくれ」

安酒場や、社交場、職場などで、この手の会話が堂々と交わされて来た自治体の断末魔。

いつまでも、付き合っていられる程のものでなし。

そんな所であろう。

本日、必要にせまられ、30年振りに市内唯一の楽器商、小池楽器店を来訪した。
必要な品をひとつだけ購入し、商う老夫婦の面を再確認し風花と寒風の街道を取って返した。

風花と寒風の沼田街道本日の姿、あまりに寒々しくよって本日その開帳はやめにする。

スズラン沼田店全ての関係各位様、長い間お疲れ様でございました。

沼田市民のひとりとして、厚く御礼申し上げます。





  1. 2013/02/19(火) 21:05:05|
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星の流れに

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筆者、場末の色里の裏路地の往来が好きである。
二十歳代半ばに永井荷風、吉行淳之介等の著作の世界に何故だかに魅せられ、東京の墨東地区や新宿三丁目界隈を徘徊する事がその時分の趣味だったように思う。
この沼田市にも、昭和30年代後半頃からの女郎屋風の造作の酒場が下之町の裏手などに何軒か点在する。
一階に酒場、二階に布団を敷いての商いの間が申し訳なさそうに設けてある。
古い物件には丸窓や、小さな物見があるのがその特徴だ。
そぞろ歩き、界隈を臨めばやはり色里の名残が見て取れる。

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幾重か昔に戻れば、物見に腰を乗せた遊女達が、誘い水を向けて来そうなこの佇まいは酒所ではなく明らかに遊所のそれである。

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佇まいを眺めていたら、こんな女に誰がしたのフレーズが胸に浮かんだ。

星の流れに 身を占って
何処をねぐらの 今日の宿
荒む心で いるのじゃないが
泣けて涙も 枯れ果てた
こんな女に誰がした

餓えて今頃 妹はどこに
一目逢いたい お母さん
唇紅哀しや 唇かめば
闇の夜風も 泣いて吹く
こんな女に誰がした

「星の流れに」

歌手:菊池章子
作詞:清水みのる
作曲:利根一郎

二番詞割愛、敬称略。

筆者の好きな反戦歌謡の一つである。

第二次大戦で戦地に赴いた元従看護婦の女性が、奉天から東京に帰ったものの焼野原に家族全てを失い、生きるために「夜の女」を選んだという手記が当時の東京日日新聞(現毎日新聞)に掲載された。
それを読んだ清水みのる氏は、こみ上げる憤りをたたきつけて戦争への告発歌を書き上げる。
利根一郎氏も又、引上げ兵などからなる浮浪者や戦争孤児で溢れかえった上野の地下道などを歩き作曲をしたのだと、物の本に記されてある。

本来「こんな女に誰がした」が曲の題名であったが、日本人の反米感情を煽るからとGHQからクレームが付き「星のながれに」変更後発売になっている。

昭和22年の話ではあるが、統治するGHQの検閲はあらゆる風俗文献を凝視していた事が良く分かるエピソードである。
そして、その手の検閲、検閲の為の翻訳通訳に10000人とも20000人とも言われるこの国の知識層の者達が従事していた事を、我々は忘れるべきでない。

また、今もってかの米国軍産複合体の広報として存在する、この国の記者クラブメディアの中心にいる老人たちの中に、可なりの数のアメリカの太鼓持ちが居残っておられるようなのが嘆かわしく恥ずかしい。

勇ましい言葉を並べたてるインチキ保守政党の代表は、所詮言うだけ大将に他ならない。
仮に、有事となって戦地に赴くはめになるのは、この国の若き者達である。
紛争談義で揺れ動く軍産絡みの株価の値動き。
各方面に、新たな配備があればそれに絡む商社、軍需産業がらみで奴さんたちは、濡れ手に粟である。
本当に、国民の事を憂いるのなら、知恵を絞り言の葉を操り相手国を述懐し、落としどころを見出し手を打つのが本物の公人である。

保守の流れに身を 占って、
何処をねぐらの今日の宿

と、たった68年で、女性や子供が再び口ずさむ事になる道を選ぶ程、まだまだ我々阿呆ではございませんよ!

売国軍産複合企業各位殿

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この町の案内図のうち、今もって商いするは極僅か。
哀しきかな、栄枯盛衰。

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そろそろ、ふきのとうの季節です。
御1つ如何、放射能黙認知事大澤正明殿!




  1. 2013/02/12(火) 22:39:01|
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「過疎真っ只中!」

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2013年2月2日土曜日午後3時時点の、群馬県沼田市内国道120号の様子である。
久々に、日中の気温が氷点下を脱し8℃程であったにも関わらず相変わらず人気の無い沼田市本町通り商店街であった。
今現在沼田市は、上記の写真の歩道の部分まで道幅を広げる工事を履行中である。
この写真奥の信号機の所までは、その拡張工事の前段階の店舗移築が進んでいる。
この写真左右に写る営業中の商店各位もまた、税金による助成で隣接地に移り店舗新築の上、新たな沼田市商店街再興の旗印の役割を担うのだそうである。

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上記の写真が、その道幅拡張工事に備え、移築を終えた店舗物件である。

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中心市街地活性化がその主たる目的と言う事ではあるが、立ち枯れた市内商店主各位の店舗兼住居が装いを変えた所で、近隣の大手資本各位の大規模ショッピングセンターに拡散してしまった車社会群馬県の現役世代消費者達が、わざわざ定価で販売をする無味乾燥した商店街へ、舞い戻ってくるなどとは、筆者には到底思えないのである。

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この沼田で最も若者で溢れている筈の沼田高校の真ん前のレンタルビデオ屋が商売を諦め、その後物件は空きテナントのままである。

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約30年前、この利根沼田地区で最初のコンビニエンスストアであった店舗物件も、その後コインランドリーに様変わりをしたものの、現在はやはり空きテナントである。

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この沼田に住まう者であれば、大概見知っている地回り松葉会組事務所にも、人の気配はありやなきや。
間口(写真右下)に、皿が一枚のみ。
どこかから出前を頼み、平らげた主はたった一人なのであろうか。
二階窓ガラスに大き目のだるまが置かれているのが見て取れる故、一応地回りとして僅かながらこの沼田の隆盛よ、今一度の思いがあるのやも知れぬ。

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しかしながら、この町を見渡す限り日に日に増えるは、廃屋と空きテナント、借り手がつかぬまま朽ちて行くアパートばかりなのである。

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「町の中にあった古い蔵とか、どうしてぶっ壊しちまうんですかね。渡辺さん?」
昨日、筆者気に入りの社交場にて、市内で料理屋を営む三十代前半の若者に、ポツリと問われた。
先人達への、畏敬の念の無さ。城下町の町割りの破壊に甘んじる商店主達の教養の無さ。
この沼田市の過疎化の要因は、そこに尽きるように思う。
現職市議会議員の営む時計店なども、今回の中心市街地活性化プロジェクトの恩恵で、真新しく生まれ変わった。
ただし、この中心地に位置しない商店主各位には、何の旨みもないが故上記のような不満の声は、それなりに漏れ聞こえてくる。
因みに、このプロジェクトの予算の一部が沼田市役所本庁舎耐震化工事予算を迂回して行われているという事もあり、未だ完成予定年月日もうやむやのこの工事に対し、今後も引き続き我らの血税が投じられて行く事は、納得が行きかねる。

今、この時点で工事を中止し、下らない工事の負のモニュメントとしてこのまま遺すなどは未来へ向けての一つの文化遺産になると筆者は、強く思う。

江戸中期から、この沼田藩御用達の玩具商として生業を起こし、現在もかの地で商う由緒ある商家の蔵などは、まだどうにかその佇まいを保っている。

例え、ひとつでもふたつでも良い。
古の建造物を後世に遺す。
その事に、我らが血税を投じるのであれば、四の五の言うまい。

とは、言うものの所詮は壊して又建てる事しか知恵無き土建行政府沼田市。

付ける薬は、果たして有る物か?

悲しいかな、やはり過疎化とは、文化無学の産物なのであろう。

嗚呼!情けなきかな沼田市議会!
















  1. 2013/02/03(日) 20:08:45|
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プロフィール

渡辺哲夫

Author:渡辺哲夫
群馬県沼田市在住:「こんな過疎地に誰がした!過疎化で誰が儲けたか?」を考察し、この過疎の田舎から未来に遺すべき物を提起する。

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